自費出版の豊かな世界 その5


『グリム兄弟自伝・往復書簡集 ヤーコプとヴィルヘルムの青年時代』(2002年〜)

 グリム兄弟は、いわゆるグリム童話によって世界中の子どもにも大人にもその名を知られていますが、その童話を収集した兄弟がどのような人であったかはよく知られているとはいえないようです。これを伝えるのが、二つの自伝と一つの追悼講演、さらに、兄弟の往復書簡です。何よりもよく知られた彼らの兄弟愛をその肉声で伝える生の資料であるとともに、まだ大学生であった若い兄弟のあふれるばかりの知的好奇心と学生生活を生き生きと記録し、また一九世紀初頭のドイツの文学、学術、文化と生活一般を記録した史料としても独自の価値を有するものです。
 訳者の山田好司氏は、(Briefwechsel zwischen Jacob und Wilhelm Grimm aus der Jugendzeit)(1880年)を原著・底本として、2002年から、毎年1冊、この「グリム兄弟自伝・往復書簡集」を訳し続け、今年11月には第4巻を発行予定です。特に専門家でもない山田さんのこの翻訳は、しかし、貴重な資料として各地の図書館などからの注文があります。山田さんの翻訳作業と出版作業はまだまだこれからも続きそうです。

『テノールの声 その成立と変遷 400年間の歌手列伝 ロドルフォ・チェレッティ』(2003年6月)

 イタリアオペラ界の評論分野における重鎮、Rodolfo Cellettiによる「VOCE DI TENORE(1989年)」の完訳で、ルネッサンス期におけるテノールの成立から今日に至るまでの変遷を詳細にたどることができます。
 翻訳者は西村勝氏(東京都)。都内の私立学校の教諭をなさっている西村さん自身、イタリア留学など声楽を学ばれた方ですが、音楽の歴史、オペラの歴史にも関心が高く、特にこの本は「著者のオペラ史に関する深い見識と真摯な考察が随所に見られるとともに、それぞれの時代に名を残したきら星のようなテノールたちを紹介し、それぞれが得意としていたオペラ作品(その中には、ヨーロッパの名だたるオペラハウスや歌手たちが大変頻繁に来日するようになった今日でも、我々にはほとんど接する機会が無い作品も多い)や、それにまつわる数多くのエピソードを添えることで、彼らの姿を生き生きと描き出している」(訳者あとがき)ということで非常に感動、自分での翻訳を思いたったということです。
 文章ばかりでなく、400ページを超える中のほとんど全ページにわたって挿入された当時の版画などの画像記録は見ているだけでも飽きないほどですが、翻訳本でもそのかなりを使用することにしました。原著からのスキャニングなので品質を心配しましたが、想像以上にきれいに仕上がりホッとしたのを覚えています。
 他にも『未確認飛行物体の科学的研究』などお知らせしたい本がありますが、このように見てくると、内容も原著の国籍もさまざまで、日本には世界各国の多彩な文化が集まっていることがよくわかります。まだ日本の読者に紹介されていない良書や興味深い書物がまだまだあることも想像されます。
 なお、翻訳の出版には著作権者や発行者(社)がある場合には、その承諾(翻訳権、出版権)が必要になります。これらの権利関係の解明や権利所得交渉を個人でやるのは大変です。電子メールの発達などでかなり簡単にはなったようですが、それでも、出版社によっては個人との契約をしない場合などもあり、個人の翻訳作業を安価にサポートするような仕組みがあるといいと思っています。著作権や日本での翻訳権(がある場合)が消滅した場合にはかなり自由に出版が可能です。