自費出版の豊かな世界 その7



『中央線誕生 甲武鉄道の開業にかけた挑戦者たち』(2003年8月発行)

 世田谷区役所の現役公務員である中村建治氏(東京都)がまとめたものです。もともと鉄道に興味を持っていた中村氏ですが、出身が山梨県ということもあり、幼い頃から馴染み深かった中央線への思いはことに強かったそうですが、たまたま数年前の郷土史事業への参加経験などから中央線成立の歴史などを調べている中で、中央線の開業には思いがけないドラマ性があることも知り、自分で1冊にまとめたいと考えるようになったそうです。発行は、中央本線開業100年の年でした。

 中村さんの場合は、自身の仕事が事務職ということもあるのかもしれませんが、技術史というよりは、明治初期に、どのようにして(中央線の前身である)甲武鉄道という企業が誕生したのか、どのような経営者がそれを構想し、政府と交渉し、資金をあつめ、経営を安定させていったのかという実業の歴史に重点がおかれています。もちろん、路線の決定や河川鉄橋工事の苦労なども、歴史的な事実と伝承を交えて興味深く描かれています。

 玉川上水による水運、馬車鉄道との競争、沿線住民の反対運動、電気鉄道の導入と、次々に難関を乗り越え、鉄道が発達していく過程は本当に興味深く、沿線各駅の誘致合戦もエピソードに事欠きません。掲載された年表や沿線関係地図も中村さんが自分で製作したものです。

 著者の中村氏は当初、100部ほど作って関係者に配布するだけにしようと思っていたようですが、内容が面白く、こうしたテーマに興味を持つ人は多いと考え、書店での販売を薦めました。東京駅など中央線沿線の書店を中心に委託配本してもらった結果、3ヶ月で最初の数百部を完売、増刷分も販売完了して、この本は現在、在庫ゼロになっています。
 また、中村氏は、今年、これに続いて『山手線誕生』も出版、ユニークな鉄道研究家として知られるようになりました。

この2つの事例は、「自費出版の販売」という点では成功しています。商業的にはテーマが大切ということの証明でしょう。しかし、それでも完全に製作費用をまかなうまでにはいたっていないのですから厳しい世界です。