自費出版の豊かな世界 その6

この連載の最初のほうで、自費出版した本を販売するのは難しいという話をしましたが、私の経験では、数少ないその例外のひとつに“乗物系”があります。専門性がありながら趣味性も強いということがその理由だと思いますし、もちろん内容がよくなければだめなのはいうまでもないのですが、ここでは自費出版としてはかなりの売上を残した2つの本を紹介してみます。

『ケーブルカー 信貴山・高野山・六甲山』(2004年5月発行)
 著者の中西研二氏(千葉県)の実父・故中西龍吉氏が、大正から昭和初期にかけて、その建設指揮にあたり、現在も残っている関西の三大ケーブルカー工事の過程で残した写真を中心にして、さらにケーブルカーについての解説を加えたものです。ケーブルカー(特にその建設過程)に関するまとまった記録はいままでほとんどないそうで、日本の鉄道技術史のうえでも貴重なものといえます。

 著者によれば、残された父親の写真は幼い頃から見ており、たいへん気にかかる存在だったとのことです。この本の発行も十年以上も前から構想していたそうですが、内容についてはほとんど資料がなく、退職後に時間がとれるようになったことで、この写真を持って、該当の関西のケーブルカー三社へ計五回訪問して、取材とその確認をした結果、ようやく写真内容の解読と技術的な内容の把握ができたということです。

 中西氏自身、電電公社(NTT)の技術者で、日本のコンピュータシステムのパイオニアであるだけに、本書は単に写真集ではなく、ケーブルカーについての解説も、これまで出された専門書の誤りをただすなどした労作になっています。しかし、やはり、本書の面白さは、70年前に撮られたとは思えないほど鮮明で迫力のある写真の数々です。急峻な斜面での困難な作業に従事する工事担当者の姿や渓谷を縫う橋梁工事・山上駅建設など、従来一般の目に触れることのなかったケーブルカー建設工事の実態がよく分かります。

また、こうした記述や写真の紹介に、実父への思いといった情緒的な記述がいっさいないのも技術者らしいといえるでしょう。また、ケーブルカーという、時代を去りつつあるシステムに関しても何がしかの思いもあるようです。中西氏はこの本に関するあるエッセイの中で「ケーブルカー自体が鉄道ではマイナーな領域であり、事業自体も衰退の方向にあること、経験豊富な実務者が定年退職などで職場を去りつつある現状から、そのように考える。このような技術蓄積の喪失はケーブルカーの分野だけにとどまらないかもしれないが、惜しまれることである」と述べたことがあります。この言葉に同意する方も多いのではないでしょうか。
 
 類書が少ないこともあり、本書は1000部ほど作成したそうですが、すでにほとんどが売れてしまったとのことです。