自費出版の豊かな世界 その8

 自費出版は自分の思いを純粋な形で表現でき、書きたいことを自由に書けることが大きな魅力であるとこれまで申し上げてきました。確かにその通りなのですが、もうひとつの役割として、少数だが関心を持つ人が全国に確実にいるというジャンルやテーマがあり、そういう人のために必要な情報を伝えるというのも自費出版の大事な役割です。

 通常の商業出版では編集費用や流通費用などを考えると数千部以上の実売数が予想されないと出版はほとんど不可能です。その点、自費出版(個人出版)は製作費用を著者が負担するということでスタートするので、出版社は危険を最小限にすることができます。とはいえ、そうした「少数の読者」向けの本を(個人で)数千部単位で印刷・作成してしまうことはそれに必要な費用やその後の保管・在庫管理を考えると大変なことですが、現在ではさまざまな印刷出版方式がありますので、比較的廉価で販売などもアドバイスしてくれる出版社を選択することができます。また、部数が少ない文化・学術書の出版システムとして誕生したオンデマンド出版方式などもあります。こうした工夫で、必要な本を“求める読者のために”完成させた2つの例を紹介します。

日本になかったリトアニア語の入門書を独力で発行

 『役に立つリトアニア語』(2004年11月初版発行)は、松尾秀人さん(埼玉県在住)がまったく独自の発案で出版した本です。リトアニアはバルト3国に属する北欧の美しい国ですが長くソ連の影響下にあったこともあり日本ではあまり知られていません。あるとき、松尾さんは「リトアニア語は古代インドの言葉であるサンスクリット語に似ている」ということを知り、興味を持ち、調べようとしました。しかし、簡単な語彙集以外に日本ではリトアニア語に関する参考図書はありませんでした。インターネットなどでリトアニア語を教えてくれる人を探し、ようやく知り合ったのがインドレ・バロニナさんというリトアニアからの留学生でした。松尾さんはバロニナさんからはじめてリトアニア語の発音を聞いたそうです。同時に、リトアニアからの訪問者や留学生も日本人との会話などで困っている実情を聞き、「人口20万人のアイスランド語の入門書があるのに、なぜ、人口300万人のリトアニア語の入門書がないのか」と疑問をもち、ないなら作ったらどうかと、バロニナさんの協力を得て製作にとりかかったのです。

 しかし専門の語学者ではない松尾さんには文法の解説などは無理、また実際に必要なのは日常生活での会話だということで、いろいな場面での会話を中心にした入門書を「役に立つ」という観点から独自に企画、分かりやすいように英語を間にいれて、それを複数の人間がチェックするという形で編集を進めました。その途中で、推薦文でも書いてもらおうとお願いしたリトアニア大使館がこの本を注目、大使館の職員がリトアニア語のチェックをしてくれたばかりでなく、駐日大使が自ら序文を寄せてくれるいうことまでありました。

 この本は、発音の正確性などのため、発行後も3回の改訂を行いました(語学書なので変更は予想されましたからあらかじめデータの入れ替えだけで簡単に変更できるシステムを考えました)。そして、愛・地球博のリトアニア館でも販売もされ、現在も多くの関係者に使われています。さらに最近、日本語の漢字に「ふりがな」をつけて、逆にリトアニアの人のための日本語の入門書として現地で発行できないかという相談もあり、松尾さんはさっそくその準備にもとりかかっています。