自費出版の豊かな世界 その12

父母の記録を十八年かけ、小説に 『始まりは秋』


 昭和二十年の敗戦をはさんだ昭和という時代は、そこに生きたほとんどの人々の生活を大きく変え、無数の人生のドラマを生み出した。その体験はそれだけで語り残す意義をもっているが、時代背景や人物構成の説明がないと、戦争体験や地縁・血縁社会の経験のない世代には理解しにくい記録になってしまう。そうしたことで、体験や記録を素材にしながら、これを小説というフィクション形式で表現することがかなりある。

 この小説『始まりは秋』もそのひとつだが、完成度は高く、創作の苦労が偲ばれる作品である。著者は戦後の生まれ、「まえがき」によれば、著者の母の手記と家族の資料をもとに書き始め、十八年かかって書き上げたという。父母の苦労とその時代を記録しておきたいという著者の執筆動機とテーマに揺るぎがなかったためだろうか、叙述に緩みはなく、一気に読ませるストーリーの面白さをもっている。本人自身が書く「自分史」記録とは別な意味で貴重な個人史ともいえる内容である。
 昭和十五年秋、福島県・白川の商店・占部家の次女久美子に親類から見合いの話がもたらされるところから物語は始まる。相手の田之倉輝男は、当時、日本の殖民国であった満州の巨大企業・満鉄で働いている。一度だけの見合いで婚約した二人は、手紙で愛を確かめ合い、二年後に結婚、久美子は海を渡り、満州での新婚生活が始まる。ここで子ども二人を出産するまでがちょうど小説の前半になる。大きな時代ドラマはないが、当時の家・家族関係や戦時下とはいえ満州では意外なほどの平穏な生活光景が続いていたという記録としての面白さがある。

 昭和十九年、状況は一変する。戦局の悪化にともない、満州でも米軍の空襲、捕虜の虐殺、強制疎開、補充兵召集の強化など軍事色が強まり、久美子と輝男の生活も緊張の度合いを強めていく。そして、昭和二十年、ソ連軍の満州侵攻、敗戦と続く混乱の中での出産、昭和二十一年夏、日本内地への引き揚げが始まる。著者は、生命の危機、一家離散の危機を乗り越えた両親の行動を冷静に記述していく。この辺は案外、当事者自身の記録より、その記録を素材にした小説の強みかも知れない。

 しかし、日本に引き揚げてもすぐに希望に満ちた生活は始まらない。ここに、この小説の、単に戦争の記録にとどまらない、一族の歴史を描くというテーマがよくあらわれている。そして、家族五人で、まったく新しい生活を開始することを暗示するところで物語りは終わる。また、季節は秋だった。  親族の複雑な関係はややわかりにくいが、随所に出てくるエピソードは効果的に情景を浮かび上がらせる。敗戦を挟んだ六年の間に日本も家族も人情も変わってしまった。そして、この後数年たってはじまる経済成長のなかでさらに変化は拡大していく。作者には、この後の家族の歴史、つまり戦後の六十年をぜひ書いていただきたい